【スタッフのつぶやき】こどもの森で働いてみて①~ただの主婦だったわたしが…~

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新シリーズ「スタッフのつぶやき」スタート

コクレオブログ、新シリーズ(⁉)、「スタッフのつぶやき」を書いてみます。
これまでコクレオのブログは子どもたちの様子やイベント報告など、
出来事ベースがメインでしたが、
ここにきてスタッフの想いも綴ってみるのもいいね、ということになり。
どんな人がどんな想いでコクレオで働いているのか、そもそもスタッフになったきっかけは?
何を大切にして毎日働いているのか、などなど。
スタッフも子どもたちの環境の重要なひとつ。
そんなことを発信していこうと思います。

第1回目は言い出しっぺのあゆが書きます。

2023年度の体育祭。おとなも飛び入り参加OK!わたしはパンくい競争だけは毎年欠かさず出場してます(^^)

 あゆ(守安あゆみ)プロフィール
・常勤スタッフ。こどもの森歴21年。
・ニイル教育を学んだ父に育てられた。実家はフリースクール。
・大阪教育大国語科卒業後、百貨店に就職。出産を機に退職。青空自主保育グループを立ち上げ、自由な子育てを実践。親業や心理学を学び、インストラクターも経験。自己を深く見つめることに関心を持つ。
・大阪に新しい学校を創る会発足時から会に参加。わくわく子ども学校のスタッフとなり、コクレオ理事となり(前副代表理事)、現在に至る。

 

こうやってプロフィールを書いてみると、
「え、実家はフリースクールなの?」
「なんで教育大出たのに、先生にならなかったの?」
と質問が来そうなので、
先に書いておきますね笑

そう、実家は四条畷市で長く活動していた「フリープレイスなわて(旧なわて遊学場)」でした。
東京シューレや惑星学校などの老舗フリースクールができたのと同時期の、
フリースクールの草分け的存在でした。
わたしが高校生の時に家がフリースクールになりました。
数年前に父が亡くなったタイミングで、閉じられる形となりました。

ニイルとは、イギリスの自由教育者で、父は高校生の時にニイルに出会い、
公立小学校の教師になって自分のクラスでニイル教育を実践しようとしました。
またきのくに子どもの村学園の立ち上げにも関わっておりました。
父の仏さまのような愛に包まれて、わたしは育ちました。

教育大出たのに百貨店に就職したのは、
学校の先生の世界にとても違和感を感じていたから。
先生どうしで「〇〇先生」って呼び合う文化の中にいると、
まるで自分が偉くなったかのように錯覚してしまいそうで、
それで人に頭を下げる仕事に就こうと、百貨店を選びました。
当時はバブル最盛期。売上重視の職場に違和感を持ち、出産を機に退職しました。
そこからはずっと家庭で子育てしてました。

 

コクレオとの出会いは土曜わくわくクラブ

父とまーちゃん(コクレオの初代代表、辻正矩さん)が知り合いで、
土曜わくわくクラブが始まるという情報を知り、
小1の娘と未就園児の息子2人を連れて参加し始めました。
そこでなんとなくスタッフみたいな感じになって、
わくわく子ども学校ができた時に、2人の子どもたちと一緒にわたしもスタッフになりました。
そして、下の子が卒業した後も、わたしはスタッフとして居残り、
そのまま今に至ります笑

わくわく子ども学校時代。子どもたちと音楽を楽しんでいました。

なので、わたしは一番初めは保護者という立場からのスタートでした。
自分の子どもたちが自由に学べる学校があったらいいな、
え、ほんとにできるの?やったー!
みたいな笑

そして、この学校はしぜんと、わたしにとって自己成長を促してくれる
学びの場となっていきました。

 

ただの主婦だったわたしが、広い世界を知っていく

こどもの森で働く中で、というか、働くという感覚はほぼなくて、
ただ学びの場をつくっているという感覚でした。
もちろんお給料もスズメの涙。ていうか、お給料とは言えない、もうほぼボランティアでした。
今はありがたいことに、まっとうにお給料をいただいているのですから、
本当にコクレオはりっぱな組織に成長したなあと感慨深い。
ただ、それでもやはりわたしにとっては、
収入を得るための仕事という感覚よりも、
自分が大切に思う生き方を仲間と一緒に実践できる場として
かけがえのない、幸運な場所です。

今、コクレオには若い人から年配の方まで、
多世代のスタッフたちが関わっていますが、
そこに若いからとか年齢が高いからとかといった区別がまるでなく、
みんな一人の人として尊重され、フラットな関係を築けています。
わたしは初めは若い人枠だったのに、いつしか古い人になってきましたが笑
そういう意味で年齢を感じずに生きてこられました。

2023年度はコクレオ20周年イヤー。いろんな世代のスタッフや運営委員、会員のみなさんと。

コクレオにいると、たくさんの新しい世界に触れることになります。
NPO法人という組織のことや、
世の中で活躍されている社会活動家の方たちとたくさんお会いする機会があったり、
日々の子どもたちの学びをつくりながら、
自分たちの学校のことを外部にPRしないといけなかったり。
ただの主婦だったわたしには、なんだか難しく感じたり、他のみなさんがすばらしく感じられて
自分に何ができるんだろうと思った時期もありました。

 

本質的な学びとはなにかを問い続けること

わくわく子ども学校から、今の小野原の校舎に移転してきたタイミングで、
わたしは専任スタッフを経て常勤スタッフになりました。
でも、もともと我慢タイプだったわたしは、自分に自信がなくて、
みほさん(設立当初からの常勤スタッフ)に言われるままに仕事をしていたのでした。
今のわたししか知らない方が聞いたら、別人と思われるのではないかなあ笑

この頃からわたしたちは、
「本質的な学びとは何か」ということを意識的に問い始めるようになりました。
それは、子どもの自己決定を尊重することだったり、
未来を生きる子どもたちに何を知っておいてもらいたいのかを考えることだったり、
対話を通してものごとを決めていくことだったり。

その頃まだ自分軸がゆらいでいたわたしは、
ある時、子どもたちとの話し合いの場面でどうしていいかわからず、大失敗をしたことがありました。
その体験でわたしは、悩んだ時に参照しにいくべき場所が
自分の中にしっかりとあることが大事なんだと悟りました。

そうしてわたしは、
「本質的な学びとは何か」
「本質的に生きるとはどういうことか」を深く考えるようになりました。

2011年度2学期のテーマ「平和と憲法」のオリエンテーションのようす

また、Manabeeプログラム子育てカフェを担当するようになって
こどもの森の学び方のエッセンスを伝える活動を通して
どんどん言語化できるようになってきました。

あるがままの自分でいいんだ
だめな自分でも大丈夫なんだ
自分で決めていいんだ
自分のやり方でいいんだ

いつしかそれがあたりまえとなり、
気づけばわたしはとても生きやすく、人生が楽しくなりました。
そういえば何人かの方から
「あゆさんはコクレオを体現している」
と言われたことがあります。
自分に自信が持てなかったわたしが、いつのまにかそんなふうに思われるようになりました。

振り返ると、わたしはこどもの森と一緒に育ってきたなあと感じます。
いろんな節目で仲間と話し合い、方向確認をしながら、進んできました。
ここは、誰か強いリーダーが率いてきた団体ではありません。
その時その時にいた人たちと、何度も話し合いを重ねながら、みんなで創りつづけている団体です。
何か思いついたことを、どんどん形にしていける土壌があり、
みんなが創意工夫をしてコクレオを豊かにしてくれて、それは個人の自己実現にもなっている。

これでお給料がよければ言うことなしですね笑

(守安あゆみ)